シロキサンとはケイ素―酸素結合を鎖状に持った化合物で、この結合を長鎖に持ったものがポリシロキサンで、シリコーン製品の製造に欠くことのできない原料です。そしてこれを原料にして製造されるシリコーン製品は、その優れた性質から医療、再生可能・省エネルギーソリューション、デジタルエコノミー、電気・電子、建築・土木、運輸やその他の産業分野などで、現代生活を支えるのに無くてはならない材料です。
このシロキサンはカーボンベースの有機化合物と比べ、非常にユニークな物理化学的な性質を示し、これがシリコーン製品が持つ優れた性質となっています。また土壌や底質中の水や生体の脂質などの環境中で、大きな挙動の違いを示します。
このようにユニークな性質を持つシロキサンを、カーボンベースの有機化合物の安全性を評価及び規制のために開発された評価方法を用いて評価を行うと、実際の環境中で起きている挙動と全く異なる評価結果となります。
例えば、低分子の環状シロキサン(D4,D5,D6など)は、高い疎水性と揮発性を持つため、環境中に排出されてもその95%以上が大気中に蒸発し、太陽光や紫外線で分解し、最終的には二酸化炭素、水そしてシリカになります。しかし規制のために用いられる生分解性試験ではほとんど分解せず、結果として「難分解性」と評価されます。
生物蓄積性も同様で、水系の環境下に生息する生物(主に魚類)中のシロキサン濃度を測定し、それら魚類の食物連鎖との関係を調べると、食物連鎖で高次になるにつれ、シロキサン濃度が低下することが確かめられています。
しかし化学物質のスクリーニング評価のために開発された水生生物がえらや体表面から吸収した化学物質の蓄積を評価する水暴露法である濃縮係数(BCF)では、「高蓄積性」と評価されます。シロキサンのような超疎水性物質の場合、水生生物への取り込みは食餌による取り込みが主であるため、水暴露法であるBCF評価は適していないと考えられ、食物経由での生物蓄積性評価(BMF)や食物連鎖による蓄積性評価(TMF)の方が適していると考えられます。
さらに、シロキサンが生物内に取り込まれたとしても、体内で代謝され分解し体外に排出されることも知られていますが、このような事実も法規制のための評価には考慮されないのが現状です。
以上のように、ユニークな性質を持つシロキサンの環境への影響の評価に、カーボンベースの有機化合物評価のために開発された方法を用いるには、無理があると言えます。しかし、現在各国で行われているシロキサンの規制検討の現状は、従来の方法に基づいた評価方法で行っています。
以下に、各国で規制検討を行っている低分子量の環状シロキサン(D4,D5,D6)および直鎖状シロキサン(L2,L3,L4,L5)の現状を示します。なお、各国での規制状況につき更なる詳細を知りたい場合には弊社窓口まで連絡下さい。
日本では経済産業省が中心となり、化審法に基づく「既存化学物質の総点検プログラム」の一環として2007年よりD4、D5そしてD6の安全性評価が開始されました。 2017年、化審法化学物質審議会にてそれらの安全性について審議され、D4およびD6を「監視化学物質」に指定することが決定されました(2018年告示)。 審議会ではD5も議論されましたが、すべての安全性データに有害性が観察されないことから、一般化学物質と分類されました。 しかし、D4とD6については必要とする安全性データ(特に鳥類繁殖毒性に関する試験)が不足しているため、生分解性(難分解性)及び生体蓄積性(高蓄積性)の評価結果に基づき、監視化学物質に指定されました。 2022年、D4はその排出量が多いとの推定値に基づきことから化管法の「第一種指定化学物質」に指定されました。2023年度より関係官庁への排出量及び移動量の届出、川下業者へのSDSによる情報提供が義務化されています。
2009年、環境省がD4,D5,D6の評価を行い、D4およびD5がPBiTに該当することを公表しました。しかし、厚生省長官によって招集された諮問委員会にて最先端の科学的手法を取り入れてD5を再評価し「環境へのリスクは少ない」と結論付けました。2012年、厚生省長官は諮問委員会の決定を受け、化学物質の規制リストからD5を除外しました。
PBiTと評価されたD4も、年間100㎏以上使用する事業者に対して、施設から放出される排水中のD4濃度を管理することを求めているのみです。
2015年にはL3、2019年にはD3,L2,L4,L5が評価され、それらいずれも法規制の必要はないと結論付けしています。
2018年、オーストラリア環境エネルギー省がD3,D4,D5,D6,D7およびシクロメチコンなどのリスク評価を行い、これらシロキサンは人健康および環境へのリスクが小さいと判断し、使用について制限を設けないと結論付けしました。
欧州は、欧州委員会の政策イニシアティブであるグリーン政策のもと、REACHに従い多くの化学物質の安全性評価を行い、最も活発にそれらの規制や規制検討を行っている地域です。その中でシロキサンも例外ではなく、一部のシロキサンを規制(特定用途への使用制限)している世界唯一の地域です。
2009年、当時欧州連合のメンバーであった英国がD4,D5のリスク評価を行い、D4をvPvB/PBT、D5をvPvBであることを公表しました。これらの評価結果に基づき、英国は2015年Wash-Offのパーソナルケア用途への使用を制限する案を欧州委員会に提出、2017年欧州委員会は英国提案を承認する決定を行いました。本制限は2018年1月30日に発効され、2020年1月31日から適用が開始されています。
2018年、欧州化学品庁(ECHA)はD4,D5,D6を認可対象候補物質(高懸念物質, SVHC)のリストに掲載する決定を行いました。続いて2019年、D6をWash-Offのパーソナルケア用途への使用を制限する案と、D4,D5,D6をLeave-Onのパーソナルケア用途、コンシューマー用途及びプロフェッショナル用途へ使用を制限する案を公表しました。
2024年、本規制案は採択され、用途毎に定められた移行期間(2~3年)を経て適用が開始されます。
2023年、ノルウェーの提案によりCORAP評価対象物質リストに掲載されたL2,L3,L4,L5,M3Tは、2023年ECHAよりSVHCリストに登録すべきとの提案がなされ、2024年、そのうちの一つであるL3についてリスト登録を目的としたドシエが公表されました。さらに、2024年にはスペインがL6の評価を開始しました。
2014年、環境保護庁(EPA)は有害物質規制法(TSCA)に基づきD4をワークプランの一つの化学物質に加えました。同年、シリコーン業界はEPAと強制許諾協定(Enforceable Consent Agreement)を締結し、環境中(水、底質、水生生物など)に排出されるD4のモニタリングを実施し、得られたデータの提出を行いました。
2019年よりEPAは既存化学物質のリスク評価を開始しており、シリコーン業界はD4をこのプログラムに加えるよう提案を行い、EPAはこの提案を2020年受理しました。現在リスク評価がEPAにて進行中です。
2022年、化学物質登録及び評価法案に関する法律(K-REACH)に基づき、欧州の評価結果を参考にD4,D5,D6がPBT、vPvBであると結論付けし、これらを重点管理物質とする決定を行いました。この決定によりD4,D5,D6を年間1トン以上製造または輸入する場合は事前の申告が必要となっています。次のステップとして、これらのリスク評価が実施されるでしょう。
2024年、食品医薬品安全省(MFDS)は化粧品安全基準に関する規定の改正案を発表し、その中でD4,D5,D6濃度を制限することが提案されています。
現在、「化学物質および安全規定」を制定すべく作業が進行していますが、その中でD4,D5,D6を優先評価物質に分類することが提案されています。
2024年12月現在